間違えない人生の先に、欲しいものはなかった。
きっとこれは
ボクだけじゃないと思うんです。
たぶん、多くの人が、
ずっと“間違えないこと”を
頑張ってきた。
成功したいよりも
きっと、
責められないようにすることの方が
人生において優先で、
そのために勉強して仕事して
落ちこぼれないように
一生懸命、努力してきた。
失敗しないように。
損しないように。
嫌われないように。
置いていかれないように。
ちゃんと正解を選べるように。
だから、
攻略を探す。
成功法則を探す。
再現性を探す。
資産性を探す。
効率を探す。
でも、この間、
ふと思ったんです。
「その延長線の先に、
本当に欲しかったものってあるんだっけ?」
と。
もちろん、
間違えないことも大事です。
だって、時間は限られているし
失敗しない方がラクだから。
これは願望というより、
もっと本能に近い反応なんだと思う。
間違いを避けられれば
お金も減らないし、
傷つくこともない。
でも、それだと
気づけば人生そのものが
“完璧なゲーム”
になってしまう。
決まった一本道を
ひたすら歩み続ける人生。
すると、全然面白くなくなる。
生き甲斐がなくなり
だんだん苦しくなる。
そこで、気がつくんです。
人間って別に
攻略するために生きていないって。
本当は、
夢中になったり、
誰かと笑ったり、
変なことをしたり、
失敗したり、
恥をかいたり、
そういう
“無駄”というか、
利益に直結しないことの中にこそ、
生きてる感覚がある。
充実感を感じる何かがある。
でも、
SNSや社会を見ていると、
いつの間にか
「失敗しない人が偉い」
みたいな空気になっている。
失敗したら終わり。
間違えたら負け。
コスパ、タイパ優先。
だから、
みんな慎重になる。
無難になる。
感じ良くなる。
正しそうなことばかり言う。
でも、その結果が、
今のアルゴリズムに支配された
“なんか苦しい空気”
なんじゃないかと思うんです。
AI時代って、たぶん
ここがかなり大きく変わる。
正解を出す。
効率化する。
最適化する。
それは、
AIがどんどん得意になる。
だから逆に、
人間に残る価値って、
“うまく間違えられること”
なのかもしれないって
思ったりするんです。
不器用でも、
遠回りでも、
ちょっとダサくても、
自分の感覚で動いてしまう。
その人らしい失敗。
その人らしい迷い。
その人らしい寄り道。
そこに、
人間っぽさが残る。
実際、
最近substackを見ていても、
それをより強く感じます。
完璧な人より、
弱さがある人の方が
なぜか気になる。
うまくやってる人より、
ちゃんと悩んでる人の方が
記憶に残る。
攻略を語る人より、
“自分の人生”を話している人の方が
また読みたくなるし、
仲良くなりたくなる。
たぶん、
みんなもう薄々気づいてる。
「正解だけ集めても、
そんなに満たされない」
って。
だからこれからは、
“間違えない人生”より、
“自分の人生だったと思える人生”
の価値が
上がっていく気がしています。
奥田 裕之




「間違えない人生」が、いつの間にか“自分の気配が薄い人生”になっていく感覚、よくわかります。
AIが正解を出すほど、人間には寄り道の値打ちが戻ってきますね。
少しダサくて、でも本人の匂いがする失敗。
そこに、読みたくなる人生があります。
明るく軽快にヘタこいたは一生の思ひ出になることでしょう…
Ω\ζ°)チーン🙏ナムナム