▶︎東京合宿について
今から約2000年前、
セネカはこんなことを言いました。
「時間が少ないわけではない。
たくさん無駄にしているだけだ」
最近、ボク自身この言葉が、
かなり刺さっています。
ボクたちは、お金を失うことには
とても敏感です。
25,000円使うとなれば、
「高いかな」
「本当に行く必要あるかな」
「今回はやめておこうかな」
と考えます。
でも、不思議なことに、
時間を失うことには、
かなり鈍感です。
しかも、もっと
気づきにくいものがあります。
「あの日、行ったことで始まった未来」
です。
「参加しない」は、何も失わない選択ではない
今回の合宿に参加しなければ、
当然、参加費はかかりません。
移動もしなくていい。
予定も空けなくていい。
だから、
何も失っていないように見えます。
でも、本当にそうでしょうか?
参加しなかった時間も、
あなたの人生からは
普通に減っていきます。
いつもの場所にいて、
いつものSNSを見て、
いつもの人と話して、
いつものことを考えて、
また月曜日を迎える。
もちろん、
それも一つの選択です。
ただ、
「行かなかった3日間」は、
二度と戻ってきません。
人は「失うこと」にひどく弱い
ボクたちは失うことにとても敏感です。
給料が増える喜びよりも
減ることの方が嫌なんです。
だから、
「合宿に参加したら、
新しい出会いがある」
と言われても、
あまりピンと来ないし、
期待値は低い。
まだ持っていないものなので
失うという感覚がない。
でも今回、
失う可能性があるものを
具体的に考えてみると、
少し見え方が変わります。
たとえば、夜。
一日の予定が終わる。
人数も少なくなって、
ご飯を食べながら、
最初はどうでもいい話をしている。
そこから突然、
「そういえばさ……」
と誰かが話し始める。
仕事の話になる。
これからの活動の話になる。
AIの話になる。
お金の話になる。
人生の話になる。
誰かが、
「それだったら、こうした方が面白くない?」
と言う。
別の誰かが、
「それ、一緒にやりたい」
と言う。
気づけば、
今、予定表には
一文字も書かれていなかった話を、
何時間もしている。
合宿って、本当にこういう時間が
一番面白いんです。
そして、翌朝。
起きて、コーヒーを飲みながら
昨日の話の続きをする。
「昨日言ってたやつ、本当にやる?」
みたいな話になる。
昨日まで、
SNSで知っているだけだった人が、
もう、
「一緒に何かやるかもしれない人」
になっている。
こういうことは、
オンラインでも起きます。
でも、
一緒にご飯を食べて、
夜まで話して、
寝て、
また朝から話す。
その密度は、
やっぱり全然違うと思っています。
今回失うかもしれないのは、「人脈」ではない
ボクは、
「合宿で人脈を作りましょう」
みたいなことを言いたいのではないです。
推奨もしていません。
そんなものを作るために、
わざわざ泊まりで集まりたくない。
今回できるかもしれないのは、
もっと普通に交わされる会話の中できる
「深い関係」です。
一緒に飯を食った人。
夜中まで話した人。
自分の活動について、
本気で考えてくれた人。
くだらないことで笑った人。
また会いたいと思える人。
そして数年後、一緒に仕事をしたり、
遊んだりしているかもしれない人。
もしそうなったら、
今回の合宿は、
その関係の「最初の日」
になります。
そして、
その最初の日だけは、
後から参加できません。
AIに100回相談しても得られないもの
今は、知識だけなら
AIからいくらでも手に入ります。
YouTubeにもあります。
本にもあります。
だから、今回の合宿で、
大量の情報を持って帰ってもらおうとは
思っていません。
むしろ価値があるのは、
何人かの人間が、
あなたの活動について、
「あなたの場合は、どうする?」
を一緒に考える時間です。
自分では当たり前だと
思っていたものを、
誰かが、
「それ、めちゃくちゃ面白くない?」
と話し始めることで
きっかけができる。
自分では価値がないと思っていた経験を、
別の人が、
「それ売れると思う」
と言ってくれたりする。
逆に、
ずっと続けてきたことを、
「それ、もうやめてもよくない?」
と言われたりします。
一人だけで考えていると、
どうしても、
自分の人生を、
自分の視点からしか見られません。
そこに思いっきり他の人の人生が入ってくる。
これも、リアルで集まる意味の
一つだと感じています。
そして今回には、一つだけ絶対に取り戻せないものがあります。
今回、第1回です。
もし面白かったら、
第2回もやるかもしれません。
第3回もあるかもしれません。
だから、
「今回は行かず、次に参加する」
という選択もできます。
それでもいいと思います。
ただ、一つ。
第2回に参加することはできても、
第1回に参加することは、
あとからは絶対にできません。
まだ文化もない。
まだ正解もない。
まだ何が起こるのか、
ボクにも完全には分からない。
だからこそ、最初の参加者には、
「参加者」ではなく、この場を一緒に作った人
になってほしいと思っています。
これは、今回しかありません。
ちょっとだけ、合宿が終わった後を想像してみてください。
合宿が終わる。
数日後、写真がアップされる。
知っている人たちが写っている。
楽しそうに飯を食っている。
コーヒーを飲んで笑っている。
そして、参加者同士で、
「あの夜の話、ヤバかったですね(笑)」
「例のやつ、本当にやりましょう」
「あれから考えてるんですけど……」
みたいなやり取りが始まる。
もしかすると、
参加者の誰かが、
合宿をきっかけに動き出す。
誰かと誰かが、
一緒に何かをやり始める。
そのとき、
初めて思うかもしれません。
「あー、行けばよかった。」
でも、
そのとき参加費を払っても、
もう参加はできません。
お金は、また作れる。
交通費、参加費、他に食事代等々
決して安い金額ではありません。
だから、正直、
無理して来てほしいとは思いません。
でも、比較するなら、
財布からなくなるお金だけではなく、
参加しなかった場合に失うもの
ともちゃんと比べてみてください。
参加費等はまた作れます。
でも、2026年のこのタイミングで、
このメンバーで、
第1回の合宿をやる日は、
もう二度とありません。
極端に言えば、
あとから25万円払っても、
この日には戻れません。
待っても何も得られない
セネカは、
こんな言葉も残しています。
「生きるのを待っている間に、
人生は過ぎ去ってしまう」
もう少し余裕ができたら。
仕事が落ち着いたら。
お金ができたら。
自信がついたら。
次回があったら。
ボクたちは、
未来の自分なら動けると思っています。
でも、未来の自分も、
きっと同じことを言っています。
人生を変えるのは、大きな決断じゃない。
転職する。
会社を辞める。
海外へ行く。
起業する。
人生を変えるというと、
ボクたちは大体、大きな決断を想像します。
でも実際は、
「あの日、なんとなく行ってみた」
みたいな小さな選択から、
人生が枝分かれすることもあります。
あそこで会った。
あそこで話した。
あそこで思いついた。
あそこで誘われた。
あそこで、
自分の見え方が変わった。
その瞬間には、
人生の分岐点なんて分かりません。
後から振り返って、初めて分かります。
だから今回、
ボクが作りたいのは、
「勉強になった合宿」
ではありません。
数か月後、参加した人同士で、
「そういえば、あの合宿から始まったよね」
と言えるものを、
一つでも生み出したい。
そして、
参加できなかった人が、
後から写真を見て、
「クソ、行けばよかった(笑)」
と少しだけ嫉妬する。
そんな第1回にしたいと思っています。
参加することには、コストがあります。
でも、参加しないことにも、
見えないコストがあります。
違うのは、参加するコストは
「減った」と分かるけど、
参加しなかったことで失ったものは、
そもそも見えないこと。
だから、
ボクたちは気づきにくい。
もし迷っているなら、
「参加費を払って
いく価値があるか?」
だけではなく、
一度だけ、
こちらも考えてみてください。
「今回、行かなかったら
一体、何を失うだろう?」
ボクたちはすでに
モチベMAXです。
あと2名。
第1回の最後の2人になれるのは、
今回だけです。
「行けばよかった」
ではなく、
「あのとき、行ってよかった」
と言える側に来てもらえたら嬉しいです。
▶︎役割を探す旅
参加確定
まさヒゲさん
ゆこ。さん
こむぎこさん
ボビやん
こーちゃん
れんかさん
奥田 裕之





もう既に後悔している人が、ここに。
ズバリ、私です😭
専業主婦で岩手在住、家族の許可がおりない私は、合宿は参加出来ません😭
でも、(合宿には参加出来ない)外側からの、一番近い視点からのサンプルは、それは、それで価値があると私は思うので✨
私は私で、今、私が出来るベストな事で、奥田さんの近くにいたいな...と。告白ですww
25000円は安いでしょ。
あれ?私の金銭感覚変なのか?!🤭