作ろうとして作ったものは、だいたい残らない。
作りたいからでできるよりも、
気づいたらできていたものの方が残る。
新しい本を書いている途中に
ふと思ったことがあって、
それが
作ろうとして作ったものは、
意外と残らないなと。
そして、
気づいたらできていたものの方が、
ずっと長く残っているなと。
少なくとも、
僕の人生ではそうだった。
Kindle本やnoteも
やりたいこととして
やっているというより
気づいたらやっていたこと。
朝活もそう。
最初から、
「毎朝ライブ配信をやろう」
と思って始めたわけじゃない。
気づいたらやっていて
毎日、続いていた。
気づいたら人が集まっていた。
気づいたら濃いグループができていた。
深海サロンもそう。
DEPTERもそう。
substackもそう。
どれも最初から
壮大な設計図があって
やっていたわけじゃない。
目の前のことを考え、
試し、続けていたら、
気づいたらそこにあった。
僕はずっと、
これを偶然だと思っていた。
たまたまだと。
でも、気づけば、
「残っているもの」には
共通点があった。
作ろうとし過ぎるから、
残らないのかもしれない。
続かないかもしれない。
多くの人は、
何を作ろうか。
何を売ろうか。
何を伸ばそうか。
何をマネタイズしようか。
ここから考える。
もちろん結果を求めるなら
逆算は必須だし、
ビジネスの世界は基本そう。
でも、
そこから始まるものは、
意外と寿命が短い。
創業1年で
3から4割の会社が倒産するのは
これが要因のようにも思う。
きっと、まだ意味が
そこまでちゃんとないからかと。
意味がないから選ばれない。
続かない。
意味より先に、
形を作ろうとしているから
他と比べられ、
人が離れていく。
今の人はもう正解では動かない。
意味で動く。
だから本当に残るものは、
「作ろう」
の前に、
「なぜそれをやるのか」
が存在している。
センスメイカーという言葉を使い始めてから
より「意味」を考えるようになった。
意味を作る人がセンスメイカー。
正直に言うと、
僕はこのセンスメイカーという概念を
積極的に作ろうとしていたわけじゃない。
むしろ、作るつもりなんて
全くなかった。
ただ、
AIが進化して、
正解が増えて、
発信が増えて、
それなのに、
どこか満たされない人が増えている。
そんな景色を見続けていたら
僕たちが不足しているのは、
情報じゃなく意味なんじゃないかと
そこに気づいた。
そこから見えてきたものに、
後から名前がついた。
それが、
センスメイカー
だった。
だから今、思う。
作りたいからできるよりも、
気づいたらできていたものの方が残る。
なぜならそこには、
時間があり、
体験があり、
関係性があり、
意味があるから。
もしかすると、
人生そのものも同じなのかもしれない。
作ろうとした人生ではなく、
気づいたら歩いていた道の方が、
本当の自分らしさに近い。
だから今日も、
無理に作ろうとは思わない。
意味を探しながら、
もう少し歩いてみようと思う。
奥田裕之
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